東京学芸大学附属学校部研究紀要 第27集(2000.06) 抜粋

「情報」授業の実践に必要な人的環境の整備


東京学芸大学教育学部附属高等学校 教育工学委員会
川角 博、佐久間俊輔、長原美菜子、秋本 弘章、吉野 聡、大谷 晋、坂井 英夫
田中 義洋、菅野 晃、右田 邦雄、田中 正雄、遠藤 信也、酒井やよい
遠藤真紀子、小久保理恵

東京学芸大学(TA;学部学生、大学院生)
谷口総一郎、森棟 隆一、加賀沢葉子、清水 悠子

2 ティームティーチングの実際
2-1 本校のティームティーチング体制の特徴
本校で、今年度1年生に必修1単位とした「情報」の授業は、ティームティーチングによって運営されている。このティームティーチングの大きな特徴は、異なる教科、科目の教官で構成された教育工学委員会(物理、化学、地学、数学、国語、地歴、公民、家庭、美術・工芸、音楽、英語、養護)の14人のメンバーによって実施されているという点である(教育工学委員会は校内の一分掌ではあるが、ボランティアの要素が強く、必ずしもコンピュータに強い教官だけの集まりではない)。

1年生8クラスに対して、1クラスあたり2?3名の教官(時間割りの制約から教官が2名のクラスと3名のクラスができた)が授業を担当している。前年度までの教育工学委員会の研究の蓄積から、ティームティーチングという体制をとったが、その理由には次の3つがある。
(1) 実習的要素の多い情報授業では、個人による一斉指導が困難であることが分かっていた。特に、コンピュータ操作などに大きな個人差が有り、これが一層一斉授業をやりにくくしている。複数教官による個人指導が随時必要となると判断したのである。また、授業を企画した段階では、ティーチングアシスタントの存在は考えられてもおらず、教官がティーチングアシスタントとしても働くつもりでいた(現在でも教官にその役割はある)。また、現在の環境は視聴覚室とコンピュータ室に端末が別れて設置されているので、生徒一人に端末1台という環境を実現するためには、2教室に分散せざるを得ない。したがって、最低でも1クラスに2名の教官は必要であると考えた。
(2) もともと、本校での「情報」授業は、各教科・科目の授業でのコンピュータを中心とした情報活用・発信を支援するという目的が強かったので、異なる教科・科目の教官が混在して授業を実施すること自体が望ましかった。
(3) 情報授業自体が、教育そのもののあらゆる分野に関わっていると同時に、どの教科にも属していないとも思われる内容が考えられる。このことを克服するためには、複数の異なる教科の教官がティームを組むべきだと考えた。
本校の情報の授業は、もちろん新教科「情報」の先取りという側面もあるが、どちらかというと、各教科の授業においてコンピュータやネットワークを活用した授業を行うための支援という校内の内側からの要求に応えるための科目という性格が強い。したがって、内容も運営も、「総合的な学習」に近いもので、特定の科目の教官が、情報の授業を担当するのではない。実際、「情報」の教員免許保持者がいない現状で、特定の科目の少数の教官が、各自の本来の科目の授業のほかに「情報」の授業を担当することは不可能である。また、「総合的な学習」のティームティーチングで多く見られるように、該当する学年の担任教官にまかされるという形でもない。本格的に情報の授業を実施しようとすれば、コンピュータやネットワークに関する知識・技能がかなり要求され、それを、学年担当者だけで、抱え込むことには無理がある場合が多いであろう。そこで、本校では、教育工学委員会によるティームティーチングという形式を採用した。授業の企画・実施は、14人の教育工学委員のメンバーで行っているが、それ以外にも教育工学委員会のメーリングリストに参加している教官が11名、その他にも生徒とともに授業を受講する教官が数名おり、本校の半数近い教官が何らかの形で情報授業と関わりを持っている。このことによって、コンピュータ好きの教官だけが孤立して授業をしているという事態にはならず、他の多くの教官にも教育工学委員会による「情報」の授業は理解されていると考えられる。

2-2 ティームティーチングの長所
多くの生徒はコンピュータやネットワークを本格的に利用した経験が少なく、多くのサポートを必要としていたので、ティームティーチングを実施することによって、生徒の個別の要求に応えることができたと考えている。また、コンピュータの動作不良(Macはよくフリーズする)等、予期しないアクシデントもしばしば起きる。これを一人の教官だけで見るのは不可能だと思われた。授業のテーマによっては、教科の特性により得手不得手も考えられたが、異なる教科・科目の教官でティームを組んだことによってうまく対応することができたと考えている。生徒へのアンケートでも、ティームティーチングという指導方法は高く評価されており、本校の「情報」の授業ではティームティーチング以外の指導形態は考えられない。
また、ティームティーチングを実施して得られたことに、教科の枠を越えて教官のコミュニケーションが広がったということが挙げられる。これはティームティーチングの副産物ではあるが、今までの授業体制では得られない経験でもあった。これは、「情報」授業を「総合的な学習」に近い形式で運営し、単に与えられた内容を教えるというのではなく、授業の内容に関しても、多くの部分を自分達で作り上げていった結果であると考えられる。こういった効果は、「総合的な学習」の導入にあたって、既に言われていたことではあるが、実際に多くのメリットがあると感じた。具体的にどういうことが良くなったかを記述することは難しいが、教官の間のコミュニケーションがこれまで以上に良くなったことは確かである。特に、本校のように職員室がなく、教科ごとに部屋に別れている場合には、他教科の教官と授業を作り上げることは刺激的で、情報の授業だけでなく、自分の本来の教科の授業、ひいては学校運営にも良い影響があると感じられた。

2-3 ティームティーチングの課題
・教育工学委員会の会議について
今年度の活動で、問題と感じたのは、教育工学委員全員が集まれる機会が少なかったことである。各委員は他の分掌を兼任しているため、他の分掌の会議と重なるとなかなか全員が集まることができず、集まれるメンバーだけで会議をするということも少なくなかった。この問題を解消するために、教育工学委員の間の連絡にはメーリングリストが活用された。事務的な連絡から、指導案の回覧、ティーチングアシスタントの授業記録まで様々な情報が電子メールでやり取りされた。電子メールでのコミュニケーションは、顔を会わせて話し合うことに取って変わるものではなく、補完的に利用するべきものと考えているが、かなり有効に活用できるということも確認された。
・役割分担について
一般に、ティームティーチングを実施するときに問題となるのは、どのように役割(責任)を分担するかということである。これは、授業の場面でも、そのための企画段階等でも問題になる。本校の情報授業も例外ではない。基本的には、各ティームの2?3名の教官が交代で、メインティーチャーを務め、残りの教官がサブティーチャーを努めたが、各ティームの中での教官の役割分担だけでなく、教官とティーチングアシスタントとの役割分担も曖昧になることがしばしばあった。役割分担を明確にし、授業の場面ではより効果的に生徒の学習をサポートする方法を確立することが今後の課題である。
また、教育工学委員会といっても専門家の集団ではないので、コンピュータ・ネットワークに関する知識・技能も一様ではない。したがって、特定の教官に負担が偏ることも少なからずあった。教官の資質の向上も今後の課題となるであろう。その点に関して、特に委員の間での研修等は行わなかったが、授業の準備、教材研究、日常のネットワークの保守・管理、各種の研究会での発表や、一般教官や保護者を対象にした研修会等で様々な役割分担をすることによって、それぞれの委員がある程度の知識や技能を高めて行くことができたと考えている。
・教官の負担について
情報の授業を担当する教育工学委員は、本来の自分の教科の授業に単純に「情報」の授業が週1時間から2時間追加されているので、その負担は非常に大きい。「情報」では、コンピュータやネットワークを活用するため、授業の企画、授業準備(教材の配付、周辺機器の準備等)、設備(端末、周辺機器、ネットワーク等)の日常のメンテナンス、放課後の補習等、授業以外の作業、時間的負担が他教科より格段に重い。今年度のようにTAの存在を制度化するか、図書館司書に相当する電子司書(ネットワーク等の管理者)を設置しなければ、本校のような授業環境を維持していくことは不可能である。