第30回校長BLOG
2学期終業式挨拶または厳しい状況下の生き方について
今日は12月24日、クリスマスイブです。
新型コロナウイルス感染症もやっと小康状態で、皆さんもほっとして、楽しい時を過ごそうと思っていることだと思います。しかし、オミクロン株の感染が広がろうとしているようなので、感染症予防には十分に気を付けつけてください。
クリスマスは、キリスト教ではキリストの降誕の日、すなわち神が天より降りてきて地上で人として生まれた日とされています。しかし、キリスト教以前の古代ローマでは12月25日が冬至であり、その日から日が伸びはじめる日、つまり太陽の復活と誕生の日として祝っていたとのこと。それで、キリスト教がローマの国教となるのと前後して12月25日をキリストの降誕の日として採用したのではないかとの説があります。
冬至は日が短くなり昼が最小となった時です。下に凸の二次曲線は極値を過ぎると増加していきます。冬来たりなば春遠からじ。最悪の状況は長くは続きません。今が最悪なら、あとは上昇するのみです。冬は春を準備する季節、静止しているようでいて内部は活発に活動しています。木の芽は今が成長期。冬の寒さに耐えてこその輝かしい新緑です。
ベートーベンは音楽家として最も大切な聴力を失ってから、名曲の森と言われる傑作群を作曲しています。交響曲第3番英雄以降の全ての名曲がハンディを抱えての苦悩の中で生まれたとは驚きです。人生において最悪の時と自分で思っていた時期が、実は最高の時またはその準備期間であったということがままあります。
冬真っ盛りのこの時期に春を思い、春のために準備することが大事です。3年生をはじめ皆さんはまさにその時を生きているわけです。一人では抱えきれない重荷なら、遠慮なく周囲を頼ってください。そして、今を大切に生きることにより、来るべき未来に備え、希望と勇気をもって進んでいってください。
良い年を迎えてください。Merry Christmas and a Happy New Year!
終業式あいさつでは入れられなかった今月の一冊
ヴィクトール・E・フランクル『夜と霧』みすず書房。最悪の状況と言っても、著者がおかれたナチスによるユダヤ人収容所への収監ほどのことはないでしょう。この最悪の状況で、人間としての尊厳を損なうことなく生き抜いたフランクル。「どんな状況であっても人生には意味を見出すことができる」。とにかく読んでください。
第29回校長BLOG
ブックレビューについてのブックレビュー
または、『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』について
校長 大野 弘
今回は大好きな本の話で終始する。
私は、「書を読め、家に籠れ」を旨としてきた。百聞は一見に如かずの逆で、極端な意見ではある。しかし、実際に何かを見たとしても、得られた情報を処理するための方法と基礎知識とが身についていなければ、意味のある情報は得られない。敢えて『時代遅れ』の意見を聴いてもらいたい。
現代の国際社会で、我が国にとり最も重要な国はアメリカ合衆国であろう。中国もかなり重要な国になりつつあるが、少なくともこの5年間はまずアメリカである。アメリカは、面積も人口も大きな国であり、最強の軍事大国かつ最大の経済大国である。この大国の全貌は、短期間、ある地域に滞在したからと言って理解できるものではない。長期間、複数の州で暮らすことが難しい一般の日本人にとって、次善の策として、本で理解を深めるということがありうる。
『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』、渡辺由佳里、亜紀書房、によると、会話のきっかけとして、世界中の多くのビジネスマンがよく選ぶのが「最近読んだ本」
という話題だそうだ。そんなことから、現代のアメリカを知るためには、アメリカ人が読んでいる本を知ることだと筆者は考えるようになったという。「ベストセラーになる本が優れているとは限らない。だが、多くの国民が何に関心を寄せているのかを垣間見ることはできる。だからこそ、本の内容だけでなく、ベストセラーという現象の背後にある社会情勢を考えることが重要なのだ。」私も筆者の考えに賛成である。
私が考えるに、筆者のバイアス(判断の前提となる考え方のパターン)は、穏健な進歩派(自由より平等重視、でも社会主義的ではない)、穏健フェミニスト(男女で機会平等であるべきという主張だが、反対者への強い攻撃姿勢はない)である。因みに、私のバイアスは、穏健保守(平等より自由重視、でも市場原理主義的ではない。結果重視だが結果が全てではない。)である。このことを前提に以下を読んでほしい。
この本で、特に注目したのは、次のⅠ、Ⅲ、Ⅳ、Ⅴの3つの章である。
Ⅰ アメリカの大統領
まずは「前大統領」の暴露本のベストセラーが数冊、それらの主張は確かに私もそうだとは思うが、いまだに影響力の強い「前大統領」という現象を理解するためには、敢えて「前大統領」を評価している本も取り上げるべきではないかとも思う。ベストセラーにはそういう本が無いのだろうか。
私が読みたいと思ったのは、『Portraits of Courage』G. W. Bush、ブッシュ元大統領が描いたアフガニスタンやイラク戦争で負傷した軍人の肖像画集だ。元大統領の「その後の改心?」が伺われるとのこと。
そして、私が既に読んでいて面白かった『WHAT HAPPENED』ヒラリー・クリントン、光文社。大統領選に敗れた後に記した回想録。論理的、合理的で、情熱的な彼女の文章を読むにつけても、資質においてはるかに上回ると思える「彼女」がよりにもよって「彼」に何故勝てなかったのかと思う。いや、当時のアメリカ社会の「大衆の反逆」的状況により、「彼」にこそ勝てなかったのだろう。書名を挙げなかった幾冊かの前大統領批判書と読み比べると理解が深まる。
Ⅲ 移民の国、アメリカ
この章で私が読みたいと思ったのは、『世界と僕の間に』タナハシ・コーツ、慶應義塾大学出版社。「白人の国アメリカ合衆国」でアフリカ系アメリカ人として生きることがどういうことかを描いたエッセイ。アメリカの現実の一面を深く理解できそうである。早く手に入れよう。
Ⅳ セクシャリティとジェンダー
現代アメリカを語る上で、フェミニズムは避けては通れない課題である。『THE FEMALE PERSUASION』Meg Wolitzer、は穏健フェミニズムの小説である。ラジカルなフェミニストからは批判され、もちろん反フェミニズムの人からも批判されているそうだ。アメリカにおける理想と現実との微妙な関係を描き、フェミニズムのみならずアメリカ社会全体をとらえた小説だそうである。
Ⅴ 居場所のない国
この章からは2冊。
アメリカにおけるソーシャルメディアといじめを扱った『AMERICAN GIRLS』Nancy Jo Sales。アメリカでもネットいじめは酷いようだ。さらに、『いいね』を求めて見栄の張り合いになり性非行にも繋がっているそうである。日本の今とすぐ目の前の未来を見るようである。
もう一冊は、『ラボ・ガール』Hope Yahren、化学同人。これは前書と違い、読後感爽快であることを保証できる。私は、レビューを読む前からこの本を注目してざっと流し読みし、近いうちに熟読しようと決めてあった。ハワイ大学で「地球生物学Geobiology」を研究する、生物が三度の飯より好きな、そして双極性障害のある「リケジョ」の女性の回想録である。研究室における女性であるハンディキャップ、自身のもつ障害からのハンディキャップはしっかりと描かれているが、何と言っても、生物が好き研究が好きで「仕事」に夢中になっている人間が現実感をもって表現されている。しっかり読む前からわくわくする、熟読する時が待ち遠しい一冊である。
以上の紹介されたベストセラーで、日本の出版社名があるものは翻訳がある。翻訳が無いものも、皆さんの英語力なら少し努力すれば読めるだろう。是非挑んでほしい。そして、今のアメリカを読み取ってほしい。
ということで、『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』自体も必読である。
第28回校長BLOG
暢気に生きること、または手仕事の勧め
校長 大野 弘
今回は暢気な話をします。
先月のある休日、①網戸の張替えと②包丁砥と③靴の手入れをしました。①と②は、以前から連れ合いに頼まれていたことで、やっと果たすことができました。
網戸は半間×1間の大きさのものが2枚、家を建てて30年間何も手入れをしなかったので網がほとんど外れていました。網戸は、アルミサッシの枠組みに溝があり、合成樹脂の網を被せてゴムの紐で溝に押さえ込んでいく構造です。古いものを外し、新しい網を新しいゴムひもで溝に固定していきます。その際、ゴムひもを溝に押し込むためにローラーを使い、少し網に張力をかけて弛まないように張っていきます。その後、余分な網をカッターで切っていきます。ぴんと張るには技術が必要で、不器用な私は1枚で1時間かかりました。
包丁砥は、ステンレスの万能包丁3丁と鋼の出刃を1丁やりました。本当は、ステンレスと鋼では別の砥石を使い、かつ荒砥と仕上砥では別々の砥石を使うようなのですが、今回は1つの砥石でやりました。万能包丁は両刃であり、断面が角度の小さい二等辺三角形になるように両方から角度をつけて仕上げます。出刃は片刃で、片側は角度をつけますがもう片側は平面で断面は30°を下にして倒立させた直角三角形のような形に仕上げます。
靴の手入れは、ブラシをよくかけたのち、クリーニングクリームを塗って拭い、ワックスをかけて磨き、最後に黒の靴クリームを塗って磨いて完成です。
それぞれ、不器用な私には、多くの時間がかかり大変でした。網戸の張替えは炎天下のベランダでやったので熱中症にかかりかけました。これだけのことに、相当な時間と精神の集中が必要でした。純粋に効率だけを考えれば、これらの手作業は専門家に任せ、その分、自分の業務に打ち込むかのんびり休むほうが良いといえます。
しかし、それなりにぴんと張れた網戸を眺め、切れる包丁で夕食を作り、きれいになった靴で出勤すると快感です。そして、そういった現実的な効用だけでなく、手作業には、それ以上の精神的な満足感が期待できます。
日本をはじめとする先進国は分業化が進み、狭い分野での「高度」な専門家となることによって「食っていける」社会となっています。しかし、ほんの100年前の社会はそうではなかった。生活者は一人で多くのことをやっていたし、やらねばならなかった。山へ柴刈り(因みに、「芝刈り」ではなく、薪拾いです)に、川へ洗濯に、竈で炊事をしなければならなかった。そういった経験は、私たちのそれぞれの「社会的遺伝子」にしっかりと保存されています。深く狭い専門性だけでは、心の満足が得られないのではないでしょうか。
Society5.0では、身に着けた知識・技能が陳腐化する速度が非常に速い。新たな知識・技能を生涯学び続ける必要があり、精神的にも大変です。特に、このコロナ禍で社会の変化は加速し、ITを筆頭に技術は時々刻々変化して追いついていくのは大変です。電気自動車など実用は当分先でまずはハイブリッドとか、脱炭素化など夢のまた夢でそもそも地球温暖化などないと国家元首でさえ言っていたのはつい数年前です。私たちの精神は大きなストレスを感じ、かつ混乱しています。
そういったときには、逆に、「稼ぐこと」とはあまり直結しない手作業が重要になると思います。たとえば、生徒の皆さんも勉強に疲れたら、調理や掃除、洗濯等々の作業(家事)を心を込めて行うとすっきりすること請け合いです。体を使うことは、精神をより明敏に柔軟に自由にします。頭が疲れたら手を使う。是非試してみてください。
今月の一冊。「日日是好日(にちにちこれこうじつ)-「お茶」が教えてくれた15のしあわせ―」、森下典子著、新潮文庫。茶道の本ですが、それだけではない。生きる上で、「型」が大事であると納得できるエッセーです。この本をじっくり味わってください。そして、江戸時代の日本で、ひたすら音読して暗記するだけかのような儒教教育を受けて、福沢諭吉をはじめとする個性的で自主自立の人間が育った理由にも思いをはせてください。