校長BLOG(号外)
校長ブログ号外
大学受験について、または3年生に送る言葉
3年生の皆さん、今日は。お元気ですか。附属高校では一般入試の発表が終了し、普通の活動が戻ってきました。とは言っても、新型コロナウイルス感染症の緊急事態宣言下で課外活動の制限は変わりません。3年生の皆さんも、とにかく体調に気を付けて感染しないようにしてください。
国立大学の2次試験が今週末にあり、今年度の大学受験もいよいよ佳境に入りました。多くの皆さんが、今週末の試験に備え、最後の努力を傾けていること思います。ここまで来たら、最後は気合です。試験当日に実力を遺憾なく発揮できるように心がけましょう。
現役は試験当日まで伸びる、とよく言われます。ぎりぎりまで勉強すること、最後まであきらめず目標を目指すことが大事です。万万が一、期待した結果が出なくても、翌年に結果を出せるのは、今、直前まで食いついて勉強している者です。
私の失敗談を話します。約半世紀前の今頃、さる大学の2次試験を受けました。2日にわたった試験で、1日目に国語と数学、2日目に英語と理科がありました。私は理系だったにもかかわらず数学が苦手で、国語と英語と理科が得意でした。1日目に数学が半分ほど取れて、国語と英語は予想通り7割ほど取れたと思いました。理科は模試では最もポイントを稼げる教科だったので、受かったぞと油断しました。ところが、その理科の、特に得意だった化学の1問目がいくらやっても解けません。慌てて2問目に移ったのですがこれもダメ。物理を先にやろうとしましたが、気が動転してこちらもダメです。すっかり調子を崩してしまいました。
今、考えると、大学入試は競争試験であり、極論すれば合格点以上を取れさえすればよく、完璧を期す必要はないわけです。多くの大学の2次試験はせいぜい6割も取れれば合格します。1問くらいできなくともよい。多少の失敗に気持ちを乱すことが怖いのです。一つの大学の受験で小さな躓きは必ずあります。その時に、平常心を持って他の問題にあたることが大事です。事前には熱く勉強し、本番ではクールに挑んでください。
たかが入試、されど入試。私の年になると、生涯にわたって入試の結果が大きく影響することは無いと言い切れます。先に話した失敗も、今の仕事に悪影響を与えているとは考えられない。むしろ、あの小さな躓きは良い経験になったと思っています。とは言っても、当時はきつかった。やはり、努力した結果は成果として現れてほしいし、成功体験は大事です。皆さんには、ぜひ成功体験を積んでもらいたいと切に思っています。一方で、繰り返しますが、たかが入試です。失敗しても必ず挽回できるし、良い経験に変えることもできる。要は、その後の生き方にかかっています。結果に関わらず、努力したことは良い経験として残り、これからの人生を切り拓く大切な力となります。
3年生の皆さんが、体調と気力を整え、実力を発揮し、堂々と戦うことを願っています。
フレー、フレー、3年生!
第24回校長ブログ
方法序説2
―新型コロナウイルスワクチン、または視点の多様化について―
今日は、「判断の方法」を考えてみよう。題材は14日に承認されたファイザー社のSARS-CoV-2(新型コロナウイルス)ワクチンの接種について。自分が接種対象となったときに接種すべきかどうかの判断の方法について、その一例を述べよう。キーワードは「複数の視点」と「確率の導入」だ。
まずは、ワクチンの概況を説明する。ファイザー社製ワクチンはその有効性が95%と言われている。予防効果の持続期間は確立していない。副反応は数日内で消える程度のものは半数以上にあるが、アナフィラキシーなど重篤なものは20万回に一回程度。2月17日から医療従事者に接種を始め3月には370万人に広げる。4月から65歳以上の高齢者3600万人に接種し6月末までの接種を目指す。その後基礎疾患のある方、最後は高校生も含め16歳以上の一般への接種となる。対象者には努力義務を課す。接種は無料で3週間間隔で2回打つ。順調なら来年2月にはほぼ全国的に接種が終了する。大規模接種の管理が課題である。以上、日経新聞2月16日および電子版日経メディカルによる。
ワクチンを接種する利点は、感染しにくくなること、感染しても重症化しにくくなることだ。この効果が大雑把に言って95%。これは、インフルエンザウイルスワクチン(30~60%の効果)に比べてもかなりの効果と言える。一方、ワクチン接種のリスクは副反応(副作用)である。注射した部位の軽い腫れと痛み等はかなりの確率であるが数日で軽快する。問題は重症の副反応、アナフィラキシー等であろう。これは医療機関での迅速かつ適切な治療を必要とする重大な副反応である。しかし、この副反応が起こる確率はおよそ20万分の1だという。また、アナフィラキシーは接種後短時間(30分くらいまで?)に発生する。
一般にリスクを考えるときには、それが起こったときの被害とそれが起こる確率との積を考える。極端な例を挙げると、直径10kmを超える天体が大きな相対速度で地球に衝突すると地球上の多くの生物が死滅する(恐竜の絶滅等)と言われているが、そんな衝突の確率は極端に小さい(数千万年に1回?)ので、日本では心配して策を考えている人はごく少ない。むしろ、首都直下型地震(今後30年間に発生する可能性70%で予想される死者23000人)等を心配し備えている。
さて、まずは、個人の視点で考えてみよう。ワクチンを打つことによるリスクは、かなりの可能性で発生する接種部位の軽い痛みや軽い発熱等と、20万分の1ほどの確率で発生するアナフィラキシーであり、後者は重い副反応ではあるが、すぐに医療措置を講じれば必ずしも致命的ではないし、その発生が接種後短時間に集中するのでコントロールしやすいとは言える。もちろん、他のワクチン接種による副反応があった方や食物アレルギーがある方等は、このワクチン接種による副反応も起こりやすいので主治医の判断を仰いだ方が良いだろう。さらに妊娠している方も主治医に相談する必要がある。
これに対して、ワクチンを打たないことによる感染の可能性はどうであろうか。例えば東京都では現時点の累計で10万人ほどが感染している。人口の約100分の1である。感染した時の発症化率と重症化(集中治療室での治療が必要等)率は年齢や既往症の状況により大きく異なる。重症化する人の割合は全年齢では感染者の約1.6%(50歳代以下で0.3%、60歳代以上で8.5%)、死亡する人の割合は全年齢では感染者の約1.0%(50歳代以下で0.06%、60歳代以上で5.7%)である。高校生では重症化率も死亡率もさらに少ない(全年齢の二桁下?)。つまり、ワクチンを打たないときの感染率は100分の1程度であるが重症化率は全年齢では感染者のさらに1.6%ほどであり、高校生に限ると感染して重症化する可能性はかなり低いものと考えられる。
さて、そうなると、ワクチンを接種することのリスクと接種しない場合のリスクを考えた場合、個人としてはどう考えるか。私自身は、東京在住で感染する可能性が結構ある上に年齢的に感染した時の重症化率も高いので、副反応で重篤となる20万分の1の確率とそうであっても接種後早い時間に分かるので治療することにより助かる可能性が大きいことも考えて、接種することを選ぶ。しかし、高校生の諸君は、自分のリスクバランスを考えて、判断に迷う人も多いかもしれない。
そこで、第2の社会的視点である。まずは身近な範囲から考えよう。高校生自身の感染による重症化率は小さいかもしれないが、感染率は東京や神奈川に住んでいれば100分の1くらいはある。そうすると、ワクチンを接種しないことにより高校生が感染すると、ご家族の方、特に既往症を持っていらっしゃる方や、60歳以上のご高齢の方への感染の可能性があり、その方たちが感染すると重症化しかねない。このことは、家族を超えて社会全体をとってみても言える。ワクチンを接種しない結果、若者が無症状の感染者となり感染を広げ、重症化率の高い人々の生命を危険にすることがあり得る。現在の情報を基に社会的視点から考えれば、ワクチン接種を進めるべきであろう。ただし、社会的視点で判断する際は、万が一の個人的リスクを最小にすべく配慮するとともに、重大な副反応が起こったときの社会支援が必要である。
総合的な視点で考えても、ワクチンを接種した時の副反応等の個人的リスクに対して、個人的利点としての発症を防ぎ重症化を防ぐ可能性と社会的利点である感染することが大きなリスクとなる他者への感染防止と集団免疫獲得との総和を考えると、「努力義務」として接種を促すのも妥当だと考える。
このように、複雑な問題を判断する時には、それぞれの確率も考慮の上で、複数の視点で利害を考える必要がある。このことを「判断の方法」として身に着けてほしい。
今月の1冊、『21世紀の資本』、トマ・ピケティ、みすず書房。皆さんのご両親は何を今さらとおっしゃるかもしれない。原著は2013年にフランスで公刊され、2014年末に日本訳が出版された。世界的なベストセラーとなっている。長い。厚さ43mm、本文608ページの大部の本である。著者のピケティはフランスの経済学者。社会における格差に注目して研究している。
この本の趣旨は、以下のとおり。3世紀にわたる20か国の統計資料の研究により、①資本収益率(資産により得られる配当金や利息など)は経済成長率(労働所得に関係する)を上回る(荒っぽく言うと、金持ちはより金持ちに、資産を持たぬ人はより貧しくなる)ので、経済格差は拡大している。②この格差を縮小するためには、累進課税などにより利潤の再配分(金持ちから貧しい人へ)を行う必要があるというものだ。
私が最も苦手とする経済の本を読もうと思ったのは、現代のグローバル社会は、まさに格差が拡大しつつあり、アメリカのトランプ政権はそれをむしろ助長するような政策を取ったのに対して、バイデン新大統領の政権は格差是正の政策へと舵を切ったからだ。ピケティの主張が世界を変えていくかもしれない。現代の経済学の大著にしては、数式がほとんどなく、具体的でイメージを喚起する資料と見解が述べられていて、「読みやすい」。全部読まなくて、拾い読みでもよい、一読を。
第23回校長BLOG
バランス感覚、または『汝義に過ぎるなかれ』について
明けましておめでとうございます。
今年こそ、良い年になってほしい。皆で良い年になるよう力を合わせて努力してまいりましょう。今は極めて厳しい状況であり、『あれかこれか』の発想で思い切った判断をして、最優先すべきこと(生徒の健康と安全)を守るためには多くのことを諦める必要があるでしょう。
旧約聖書に伝道の書(または「コヘレトの言葉」)というものがあります。エルサレムの王、ダビデの子、ソロモンに託して、紀元前数百年のユダヤ世界の一つの世界観を示したものです。大宗教の経典?でありながら内容は我々にとってとても興味深く、現代的でさえあります。世界は全て『空の空』であると無常観を訴えた(般若心経やルバイヤート、平家物語と何が同じで何が違うのか?)かと思うと、『あなたの空なる命の日の間、あなたはその愛する妻と共に楽しく暮らすが良い』(無常観を基盤としたからこそのマイホーム主義?)と記したりしています。
さて、その伝道の書で最も印象深かったのが、『汝義に過ぎるなかれ』です。表面的に解釈すれば、あまり正義正義と言うなよというわけです。一神教の経典としてはユニークな見解です。もちろん、一般的な解釈としては、自分だけが正しいと思って強く自己主張して他を否定することはよくないというものです。
現在の厳しいコロナ禍の状況、世界的にも分断が進む状況では、単純に善悪を決めて、自分たちだけが正しく反対するものは全て悪だと断定する方が容易であり自己満足しやすい処し方です。政治的にもその考えを助長するポピュリズムが世界を覆っています。『大衆の反逆』の時代です。
しかし、この短絡的なポピュリズムは人類にとって良いこととは思えません。理解できないことを言う人は全てフェイクだと決めつけることは、中長期的には誤った政治的決定に結び付くことが多いと思います。大事なのは、自分が間違っているかもしれないと考えて、一方的な偏った決定を避けて、バランスをとることです。かの国でも大統領とは異なる政党をあえて議会で多数にするという発想があるそうです。
幸い、昨年末になって、やっと少しはポピュリズムとは異なる潮流が見られるようになり、最大のブラックエレファント・地球温暖化への取り組みも強まりそうです。コロナとの戦いも同様に、デマに惑わされず、論理的な思考で中長期的な判断を下し、着実に収束させたいものです。マスクの有効性について専門家の間でさえ異なった考えがあり、ある時間をかけての科学的な検証からやはりマスクをしたほうが良いという結論に至りました。バランス感覚という意味では、意見が定まらない状況では、マスクは有効でありしたほうが良いという考えは仮に間違っていたとしても実害は少ない、であるならばとりあえず結論が定まるまでマスクをしておこう、という態度が有効だったわけで、そういった意味では、日本社会のバランス感覚は正しかったと思います。
バランス感覚に優れた判断は、えてして軟弱で明確でないように言われますが、それを守りきるためには勇気と忍耐もいるわけです。私自身、明晰で明確なことが好きであり、バランスを失することが多いだけに厳重に注意すべきと考えています。
バランス感覚に優れた民主的な判断は冗長で危機の際には向かないという意見もあり、現在では、民主主義自体を見直そうという議論さえあります。その問題に利害関係が無くSNS等の誤った情報に踊らされた人の判断も、利害関係者のしっかり考えた人の1票と同じ価値を持つ民主主義は不当だという考えです。ポピュリズムと正反対のようですが、欧米では両者が連携してリベラルな民主主義に対峙することが多いようです。つい最近までの超大国の状況もそうでした。この傾向は、かの国では未だに約半数の国民の支持を得ているようです。
それに対して、民主主義を修正してバランス感覚に優れた政治・判断のシステムをつくろうという動きもあります。言わば選挙における『バウチャー制度』とも言えるもので、国民一人に同じ点数を配給し、代議員に投票するのではなく個々の政策に点数を投票する。関心のある政策・自分の判断が明確な政策に多くの点数を投票し、関心のない問題・よくわからない問題には投票しないのです。このことにより、選挙人の意向がより細かく政策に反映するとともに、SNS等に煽られての判断が避けられるというわけです。
バランス感覚をもって、民主主義も欠陥のある改良の余地のあるシステムだと考えることは、むしろ民主主義を深化させることになる。生徒の皆さんは、バランス感覚を磨き、民主主義を不断に改善していくよう市民としての責任を果たしてください。
今月の1冊、『ビーグル号航海記』、チャールズ・ダーウィン、岩波文庫。ダーウィンは、アインシュタイン、ケインズと並んで20世紀の世界に最も影響を与えた3人だと思っています。他の2人の主著は少なくとも大学レベルの数学や経済学の知識が無ければ理解できませんが、種の起源と並ぶダーウィンの主著は生物好きなら楽しく読めます。種の起源の生まれた根底が分かります。一読を。