第46回校長BLOG
附属高校の70周年にあたって
1 附高は私の同時代人
東京学芸大学附属高等学校は、昭和29年(1954年、以下便宜的に西暦を用います)に設置されました。人間で言えば、古希を過ぎたところでしょうか。一昔前ならば、古来稀な長寿だったわけですが、今ではやっとシニアの入り口です。各都道府県には、第二次大戦前から旧制中学校として開校している学校がありますので、新制高校として発足した本校は伝統校の入口にあると言えましょう。
私事になりますが、私は1956年生まれ、本校の2歳年下の弟です。附高に入学していれば19期にあたります。したがって、附高の沿革のうち、10周年記念行事以降の年月は大体記憶にありますし、ほとんど附高と私は同じ年月、同じ歴史を生きてきたと言えます。次男と三男の二人を本校でお世話になったこともあり、附高には単なる職場以上の思いを持っております。
2 附高の歴史と社会の動き
ここで、来し方を振り返ってみたいと思います
附高は、1954年に、この下馬に本部を置き、竹早と深沢の二か所の校舎で、生徒一学年四クラス208名で出発しました。この当時は、前年のテレビ放送開始や当年の自衛隊の発足、翌年のアジア・アフリカ会議さらにその翌年の日本の国連加盟と、日本社会も国際社会も大きく動いている時期でした。そもそも、日本がやっとのことで第二次大戦での占領下から抜け出して独立したのは、本校設置のわずか三年前ですから。つまり、まだまだ「戦後」の時代に本校は産声を上げたわけです。因みに、産業白書が「もはや戦後ではない」と記したのは、1956年でした。
十周年記念行事のあった1964年は、前回の東京オリンピックの年、東海道新幹線も開通しました。四年前には安保条約改定、そしてアメリカが全面的に介入したベトナム戦争が始まっています。また、1966年から1976年にかけて、中国では文化大革命が起こっていました。これらの日本の動き、世界の動きは本校にも影響を与え、1969年には本校でも高校紛争が起こりました。本校は、この前後に今の施設設備が完成し一学年8学級となります。
1974年の二十周年記念行事の二年前には、沖縄復帰や日中国交正常化がありました。本校ではマラソン記録会が開始され、タイ国留学生受け入れもこのころに始まりました。多くの生徒が東京大学をはじめとする第一志望の大学に進学し、進学校として社会的評価が高まりました。当時、都立高校生だった私にとり、附高は眩しい存在でした。
四十周年にあたる1994年前後には、EUの発足、阪神・淡路大震災、WTO設立がありました。本校ではこのころICTの教育活動への導入研究を進め、インターネットのデモストレーションやネットでの保護者見学会も行われています。現在の教育潮流の一歩先を行っていたわけです。
六十周年の2014年前後では、現在のウクライナ侵攻にもつながるウクライナ内戦、イギリスのEU離脱決定、熊本地震などが起こりました。本校では、文科省からSSH校に指定され、タイ王国のプリンセスチュラポーン・サイエンスハイスクール・チェンライ校との相互交流が始まっています。
そして今、世界は、ロシアのウクライナ侵攻とパレスチナ問題をはじめとする地政学的危機と新型コロナウイルス感染症、地球温暖化などの自然界の危機に晒されています。生成AIや生命科学の進歩は、人間社会に構造的で急激な変化をもたらしています。本校でも、多くの生徒が伸び伸びと主体的に学ぶ一方、生徒個人、生徒相互間に構造的なトラブルが垣間見えます。
3 これからの附高
来し方を踏まえて、附高の行く末を考えてみます。附高の生徒の特長は、知的好奇心に富み、新たなことに挑む挑戦心が強いこと、自主的、主体的で、積極的に行動することです。一方、都会的であるためか、地道な努力、粘り強さにやや欠けるきらいがあります。
本日、記念式典でご講演いただく川合眞紀先生をはじめ、国際社会で活躍していらっしゃる先輩方が多い。それも、男性はもちろん女性の先輩のご活躍が顕著です。このことは、普通の共学校にはあまり見られない特色です。本校では、理科の実験をすると、グループによっては、女子生徒が操作をして男子生徒が記録する姿が見られます。このことは、人間の社会の半分は女性であり、少なくとも知的能力において男女差はないことを実証するとともに、本校では創立当初から女性がその能力を伸ばし発揮してきたことを証明しています。
一方、女性の先輩方は、本校を卒業してから「ガラスの天井」に突き当たり、粘り強くそれを打ち破ってきたはずです。簡単には挫折しない力・レジリエンスが大切です。現在の附高生にも男女を問わず必要な資質です。このレジリエンスは、生成AIでも支援してもらえぬ力、一人一人が自力で身に着けておかねばならない力です。本校では、この力の育成を積極的に支援してまいります。
本校の伝統である、自主的・主体的な行動力に、レジリエンスが加われば鬼に金棒です。現下の本校の育てたい人間像・グラデュエーションポリシーである、多様な分野でイノベーションを引き起こし国際社会に貢献する人間が育っていくことでしょう。このことは、最近言われている、生徒エージェンシー、自主的主体的に学び積極的に行動する特性にも通じます。
古い革袋に敢えて新たな酒を注ぎ入れ、次の10年、さらには次の100年先にも通用する世界人材を育てていく。大学の支援、保護者や地域のみなさんとの連携と、教職員、そして何より生徒諸君の力で、そんな附高を作っていきたいものです。
第45回校長BLOG
衆議院選挙について
10月27日に今回解散した衆議院の選挙が行われる。同時に最高裁判所の判事の審査も行われる。3年生の約半数には投票権がある。多分、初めての選挙、しっかりと考えて是非投票してほしい。投票は権利だが、民主主義というシステムを動かすためにはなくてはならない行為であり、投票率が低いということは、多くの国民の意見が国政に反映されないことを意味する。
日本をはじめ多くの国では、議会の選挙は候補者個人への投票であるとともにその候補者の属する政党への投票と言うことになる。誰に、あるいはどの政党に投票するかを決めるデータとしては、公約が最重要である。公約は、現在の日本の政治的経済的状況をどのように捉えているか、その解決策として何を考えているかを説明している。
今回の各政党の公約をみると、税金を安くするとか、現金給付をするとか、行政サービスを向上させるとか、地域のためになる工事をするとかと言った主張が多い。どれも良いことのように聞こえる。しかし、考えてみよう。現金給付とか行政サービス向上とか新幹線網や高速道路網を充実させるとか、みな金がかかることである。これは税金を下げることと矛盾する。どこかを増やせばどこかを減らさなければならないのは常識である。何かを得るためには、「身銭を切る」すなわち自分が対価を払う必要があるという認識が必要だ。公約は多面的に検討しなければならない。
最近、アメリカ合衆国でもヨーロッパでもアジアでも、政治姿勢の左右を問わず大衆迎合政治・ポピュリズムが力を増している。最高権力者がポピュリズムの政治家と言う国もある。論理より感情に訴え、有権者に心地よいことのみを言い、その裏にある厳しい面にはあえて目をつむる。短期的にはある一部の人には有益かもしれないが、全体としてはマイナスの政策を主張し、一時は得をしたと思った人たちさえも結局は損をするといったことがある。自分たちだけが得をしようとするのではなく、最大多数の最大幸福を目指したいものだ。
本校の有権者である3年生には賢い有権者になってほしいし、それに続く他の生徒の皆さんも、集団主義の「大衆」ではなく、一人一人が自分の頭で考える「賢い市民」になってほしい。
最後に、以上は積極的に政治に関心を持とうという話だったが、むしろ規制があるという話。18歳未満の人が選挙運動をしてはいけない。皆さんがついやってしまいそうな具体例をあげると、選挙運動の内容等を、SNS上で書き込んだり、動画共有サイトに投稿したり、リツイートや転送したりしてはいけない。くれぐれも注意を。
注)以上の内容は、10月18日に行われた中庭集会で生徒に向けて話をしたものです。